目覚し時計がうっすらと明るい部屋に鳴り響く
腕がベットの周辺を目覚し時計を探してさ迷う
夏のせいか少し焼けているが腕はすっと長く
爪には剥がし忘れたピンクのマニュキアが塗られている
しばらくサイドテーブルやベットの上などを探っていた腕は
諦めたのかピタリと止まり
その腕の持ち主が渋々と言った感じに起きあがる
少し髪が寝癖の為にぐしゃぐしゃになっている
寝起きの不機嫌そうな顔のまま
夜のうちにベットサイドから落下してしまったのであろう
目覚し時計を拾い上げた

カチリ。

小さな音の後、目覚し時計が止まり
部屋にはクーラーのモーター音が鮮明に聞こえた
そこで少女はクーラーが一晩中付いていた事に気付いた
クーラーがずっとついていた部屋は設定温度よりも幾分寒く感じ
少女は肌寒い部屋に冷気を吐き出すだけの機械を止め
カーテンと窓を開ける
太陽がギラギラと光り、少女は思わず目を細めた
そこで今日の予定を頭の中で組み立てる
と言っても今日は久々に1人で図書館に行く予定だ
本が好きな少女は閉館時間ギリギリまで粘るつもりでいた
自分好みの予定だった事を思い出し
少女は満足そうに笑う
その時、部屋に軽快なメロディーが鳴った
今世間で歌姫だなんだと言われている歌手の歌だ
少女はその’歌姫’とやらは顔だけだと思っていたが
今の所胸の深くにしまっている、今後もそうするつもりだった
そう言えば、この歌は
ついこの間カラオケで友達と呼ばれる存在と歌ってきたばかりだ。
少女はそんな事を思いながら
早く取れと言わんばかりに音を鳴らし続ける小型電話機を手に取った
カチカチと手馴れた動作でメールを開くと、
ごちゃごちゃと色々書いてあった
新しくできたアクセショップが可愛かっただの
この間食べたクレープが最高だっただの
学校の1年がウザい、ミュールが壊れた
新しい服が欲しい、生徒会長がカッコイイ
並びたてられた話題
1番の用件は恐らく遊びの誘いだった
少女は全てを読み終えてから、軽く溜息をつく
これで今日の予定は一気に変更だ
返事を打ちつつも部屋を出て
キッチンにあるトースターにパンを入れ、
何となく箱型映像機の電源をつけた
この所ニュースは
路上や家の中で殺人を繰り返す
無差別殺人のニュースがやっている
少女は今日も変わらず流れるそのニュースを横目で流し見して
リビングのテーブルに置いてあるメモを見た
そのメモを見る限り母親はお隣の奥さんと出かけたらしい
少女は焼きあがったパンにマーガリンを塗ってかじる
顔洗って、歯を磨いて
服を着替えなきゃいけない
そういえば今日の天気はどうだったか
好きな作者の新刊を買わなきゃ
色々な事をブツブツと考えながらも
少女はトーストの最後の1口を口に入れた
洗面台まで行くと少女は自分の顔を見た
目は多少他の人よりは丸く大きいが
その他は至って普通、高校生として相応しい顔付きだ
校則に引っかからない程度の濃い茶色の髪にくしが入れられる
少女は先ほど考えていた準備を終えると
玄関の扉を開けた
「いってきます」
今日始めて声を出した
少し掠れた声だった。


暗く静かな部屋に明かりが灯った
少女が帰ってきた証拠だ
少女は既に部屋着に着替えていて
ベットに寝転がった
思い出したように先ほどつけたばかりの電気を消し
少女は自然にゆっくりと落ちてくる瞼を開く事もせず眠りについた。
だが、何も見えないほどの闇が広がる夜中3時
少女は眠りについた時と同じようにゆっくりを目を覚ました
暗闇の中でより一層濃い影が驚いたようにビクリとなった
「だれ・・・・?」
少女は上に居る、否、少女の腹を跨いでいる存在をぼんやりと見た
両腕は高く掲げられ、
暗闇でなんとか解る程度のものが両手に握られていた
刃物だ、大きい。包丁だろうか
少女はぼんやりとそんな事を考えた
寝起きの為イマイチ頭が機能しないようだ
「だ、黙れっ」
「まだ声あげてないです」
正論だった
グッと押し黙り少女をみる
「・・・・殺しに来たの?」
そう問う少女に恐らく驚いたのだろう
手に持った刃物が揺らいだ
その姿を見て少女は
腕が疲れたのだろうか。と的外れな事を考えた
「殺しに・・・・来ました、ね」
「そうですか、じゃあどうぞ」
潔い少女の言葉にその人はピタリと止まった
「どうぞと言われましても・・・・
 その、怯えるとか、叫ぶとか、抵抗するとかないんでしょうか」
「殺されるのが怖い訳ではないので
 叫ばれては困りませんか、親が来ますけど
 抵抗しても、勝てそうにないですし」
少女のその言葉にふっと力を抜いて
刃物を下ろした、少女を殺す為ではなく
元々あったのかは不明だが殺意が消失したようだ
その姿をみて少女は少し首を傾げた
もちろん少女はベットに横たわったままなので
気持ち頭が横にそれただけだったが
「えぇと、殺人鬼さん、ですよね?
 今ニュースでやっている」
彼は答えない
少女は少し考えた
「叫ばないと殺しはできないタイプですか?」
彼は答えない
少女は影を殺人鬼と決めたようだ
「あぁ、でも家に侵入してもやってるんだっけ?
 私、ニュースあんまり見てないんでよく解らないんですけど」
殺人鬼は答えない
少女は軽く溜息をついた
「そう言えば殺人鬼さんはなんで敬語をつかっているんでしょう?」
「貴方につられているんだと」
殺人鬼は答えた
少女は少し意外そうな顔をした
その表情が殺人鬼に見えたのかと言うと
例の如く暗闇で見えていないだろう
「後、元々のクセですね」
随分ご丁寧なクセをもった殺人鬼だと少女は思った
殺人鬼は少し衣服を探ってから布のような物を取りだし刃物を包んだ
少女はその行動を何ともなしに眺める
今日はクーラーをつけるのを忘れたようだ
部屋は蒸し暑くてたまらない
やっと頭が覚醒し始めた少女は殺人鬼の服装を見て眉を寄せた
「あつそう」
殺人鬼は長い袖の服を着ているようだ
ズボンも少女の腕の辺りに裾が当たっているから長いのだろう
「外は、この部屋より涼しかったですけど・・・」
「クーラーつけてない見たいですから」
「・・・・・・リモコン何処?」
殺人鬼の敬語が始めて崩れた瞬間だった
呆れたような不機嫌なような微妙な雰囲気が漂っている
少女は未だに殺人鬼に乗られている為に顔だけを動かして
部屋の真ん中にあるミニテーブルの上の
リモコンホルダーを顎でさした
殺人鬼はゆっくりと少女の上から退く
それだけで少女にはずいぶんと涼しくなったように感じた
少女はゆっくりと起きあがり殺人鬼を見た
結構長身なようだ。
少女はそんな感想だけを持って殺人鬼の後姿を眺め続けた
殺人鬼はいくつかあるリモコンを何度か取り出した末に
クーラーのリモコンを見つけたらしく
その機械に向かってカチリとボタンを押した
同時に部屋にはモーター音が響き
冷風が微かに感じられた
それを確認した後、殺人鬼が後ろを振り向くと
ベットに座り、のんきに足をブラブラと揺らす少女が居た
殺人鬼は少女が起き上がっていると思わなかったのか
少したじろぎ、遠慮がちに少女の隣に座った
「・・・・・殺さないんですか?」
「何となく、やる気が失せました」
殺人鬼は布類であろうもので巻かれた刃物を
背負っていたカバンの中に入れた
その様子を眺めながら少女はつまらなさそうに’なんだ’と呟いた
呟きは隣に座っている殺人鬼にも聞こえたのか
殺人鬼は少女の方を見た
「殺して欲しかったですか?」
「別に、どっちでも良いですけど、
 どっちかと言うと殺して欲しかったかも」
「変な子ですね」
殺人鬼は簡潔にそう言うとカバンのチャックを閉めた
「変ですか、私」
「えぇ、変です。
 人は殺される時もっと泣き喚いたりとか
 恐怖したりとかするものだと」
「泣き喚いたり恐怖したりしましょうか?」
「今更されても対応に困るので遠慮しておきます」
我侭な殺人鬼だ。
少女はそんな事を考えた
やっと闇に慣れ始めた目で殺人鬼の方を向くと
殺人鬼は深くニット帽までかぶっていた
その為顔はよく解らない
顔を見るために目を凝らす事を止め
ちゃんとベットサイドに存在している目覚し時計をじっと見た
3時30分。
殺人鬼の訪問から30分経っていた
「殺人鬼さんは、なんで殺人を?」
少女は唐突に聞いた
殺人鬼は少し悩むような素振りを見せてから
ただ一言’さぁ?’とだけ答えた
「・・・・・・不明確なんですか?」
「そう言う訳では、ないけどね
 そうすれば、何かが変わるかと思って」
ちょっと所か180度全てが変わるだろう
少女はそう言いたかったが
殺人鬼がベットに寝転がった為にその言葉を飲み込んだ
「なに寝てるんですか」
「いや、眠たいから、一眠りさせて頂こうかと思いまして」
殺人鬼は図々しい事この上なかった
少女はカーテンがかかっている窓の方を見やり
殺人鬼に言った
「もうそろそろ、日がでますが」
「それが?」
「ここらへんは路地なので家から出て行く所は見られないでしょうが
 私は、顔が見えてしまいますよ?」
殺人鬼は渋々眠る事を諦め起きあがった
それでも出て行く気はないらしく
少女の携帯電話を持ってカチカチと操作しだした
「何してるんですか」
「いや、君に友達やら彼氏やらが居るのか偵察中」
そんな事はしなくて良いと少女は心底思ったが
殺人鬼はそんな思い構う事もなくメールを開いたらしく
絵文字満載のメールに軽く眉を寄せた
「こういう、ごちゃごちゃしたのは苦手ですね」
そう独り言を言ってメールを下へ下へと読み進めて行く
時折くすくすと笑い声が漏れる
今朝少女が無表情で読んでいたメールの内容は
殺人鬼には面白い話題もあるらしい
殺人鬼はメールを読み終わったのか、また操作を開始し
一通り終えるとまた下を少しの間を空けて押す行為を始めた
「君は随分と印象が違いますね」
少女が携帯の液晶を除きこむと
同じように絵文字満載のメールが表示されていたが
それは少女が返信したメールのようだった
殺人鬼は携帯、詳しく言うとメールと少女を見比べ
軽く唸った
「どちらが本性で?」
「恐らくこっちですね」
そう言って少女は自分をさす
その返答に殺人鬼は納得したように軽く頷いて
携帯を閉じ、元の位置に置いた
「なんでまた、あんな正反対と言えるような性格をしてるんですか?」
「まぁ、付き合いですかね」
「あれは付き合いの範囲を越えています
 あんな物はただ演じているだけですよ」
「では、どうしろと?」
少女の問いに殺人鬼は子供に1+1を教えるように
簡単に答えた
「そのままで居れば良いではないですか」
なんて単純なんだろう
むしろこれは分からず屋の域に達する
少女は軽く溜息をついた
「女の子は群れて生きる生き物なんですよ
 地のままでは1人になってしまって色々と面倒です」
「では、相手に貴方の好きな物を教えたら如何でしょう?」
「はい?」
「案外分かり合えるかもしれませんよ、
 無理だったら、残念でしたって所ですが
 また、次の人に声をかければ良い事です」
どうやら随分とポジティブな殺人鬼のようだ
少女の中に殺人鬼のどうでもいい情報ばかり集まってくる
当の殺人鬼は手持ち無沙汰にカバンをいじくっていた
「した事ない事はやってみたら、結構簡単だったりしますよ
 した事がないんですから、まだ解らないと言う事です
 それはもしかすると、得意分野かもしれませんよ?」
殺人鬼はクスクスと笑いを溢すと
立ち上がり、カーテンと窓を開けた
「帰るんですか?」
「はい、あまり日が出ても困りますから
 あ、そうだ・・・・勘違いしているようですが
 僕は今ニュースで流れている殺人鬼とは関係無いですよ
 君を、殺そうとは・・・・しましたが」
殺人鬼の顔が曇ったように思い
少女は慌てて言った
「でも、私生きてますから
 まだ、大丈夫ですよ」
そう言った少女の方を見て殺人鬼は少し微笑んだ
その顔はやっと出てきた朝陽の逆光でよく、見えなかった
殺人鬼は家へ帰った
少女は束の間の眠りについた


夏休み開け
少女は髪を1つに結び
カバンの中に入っているものを調べている
帰りは図書館に寄ろう
そんな事を考えながら少女は家を出た
学校の校門で友達に会う
少女の通う学校は少しばかり校則は緩かった為に
かなり髪やら服やらを遊ばせている
他の高校であれば許されないであろう格好だった
少女も似たようなものだったが
少女がなんともなしに視線を隣から遠くの方へうつすと
そこには殺人鬼が居た
結局顔は鮮明に見れなかったが少女は解った
きっちりと制服を着込み
隣の少年と楽しげに何かを話している
少女がそちらを見ていると
殺人鬼がゆっくりとこちらを見て
遠目でも解るくらいの驚いた顔をした
むこうも少女が解ったようだ
殺人鬼は少し笑った、穏やかな優しい笑みだった
それを見つめる少女の腕に急に重みが来た
少女の友達が腕にしがみ付いたようだ
「あれ、生徒会長じゃんっ、知り合いなのっ?」
少し沈黙した後、少女は笑った
「んーん、まさか」
どうやら、私の高校の生徒会長様は未遂の殺人鬼らしい。
少女はそんな事を考えて心の中で1人笑った

4ヶ月後、生徒会意見箱の中から会長宛てに届いた紙
中には丁寧な字でたった1行こう書かれていた
「した事ない事は、結構簡単だったりしました。」