※この小説は虐待を題材としています
多少の暴力シーンや血が出てきます
苦手な方は、読むのをお控え下さい。
読んでからの苦情はお断り致します。



セミがうるさく鳴く季節に
僕は暑さにフラフラとしながら家の近所を歩いていた。
半ズボンのポケットに手を突っ込むと
小銭がジャラリとなる、その小銭を根こそぎ出すと
「1、2」と小さく声に出して数え始めた
手の中の小銭に意識を集中させていると、
急に視界がグラリと揺らいだ。
「うっわぁ!」
僕は転んで少しすりむいたヒザをなでながらキッと足元を睨みつけた
だがそこには僕が思っていた小石等と言う物はなく、
もっと度肝を抜かすような物が転がっていたのだ。
「・・・い・・・・いき倒れ?」
そう、人間が倒れていたのだ、
僕はその青年と呼ばれるであろう年齢の人につまずいたのだった。
手元しか見ていなかったといっても
人間が転がっているのに気がつかなかったとなると
自分に呆れる事を通り越して心配にさえもなってくる
それよりも心配なのは、このいき倒れの青年だ。
僕は怯えながらも青年の肩を揺すってみる
すると少し反応があった。
「あ・・・・あの?」
「・・・・・・・ず・・・・」
「ず?」
青年の声をもっとよく聞こうと
僕は青年の口元に耳を寄せた。
人通りの少ない田舎で良かった、絶対に今の状況はおかしいから。
「・・・・・・み・・・・ず・・・」
「水?」
そう問うと青年はゆっくりと頷いた。
僕は自分が向かっていた方向に走って行くと、
買おうと思っていたジュースを自動販売機で買った。
思わずオレンジジュースのボタンを押してしまったが
元々この自動販売機に水はないし
間違えて季節はずれな温かい飲み物を買ってしまうよりもよかっただろう
そんな事を思いつつも青年の元へ戻った。
「あの、飲み物・・・・買って来ましたけど」
青年は僕の手元にあるジュースをチラリと見ると、
ゆっくりと起き上がり、近くの塀に寄りかかった。
「ジュース・・・・嫌いですか?」
嫌いだったら取り返しがつかない、
小銭はもうほぼないと言って良いし・・・。
だが、青年はゆっくりとした動作で首を振り
僕の方に手を伸ばした
恐々ながらも青年にジュースを渡すと、
青年はジュースを物凄い勢いで飲み始めた。
ゴクゴクと喉がなっているのを見ながら、
僕は自分はもう少し警戒心を持つべきだろうかと思った。
こんな所で倒れているなんて、何度考えてもやっぱりオカシイし・・・・。
青年がジュースから口を離し、
少しため息をついたので、僕は安心しながら聞いた。
「大丈夫でしたか?」
「うん、もう平気、ありがとう」
「どういたしまして」
ニッコリとほほ笑みながら頭を下げられたので
僕も慌てて頭を下げた
「ははっビックリしちゃった、急にさ
 目の前がぐらついて倒れちゃったんだよね」
青年はそう言いながら肩より少し長めの髪をかき上げた。
そして僕の方を見ると、首を傾げる
「ええと・・・・名前は?」
「泉 流、名字が普通に泉、
 下の名前は流れるって書いて流」
僕は指で空に名前を書いた。
「イズミ リュウ君ね、僕はリン」
「リンさん?」
「うん、高校2年の17才そっちは?」
「小2で8才」
「8才!?うっわぁ僕9才も年下の子に
 パシリさせちゃったんだ・・・・」
リンさんは口元に手を当てて慌てている
「気にしないで下さい」
「ホント?ごめんね、お金ちゃんと返すから」
リンさんはニッコリ笑うと、よいしょ、と掛け声をかけ立ち上がった。
「ええと・・・・どうしようか・・・・
 何処か行くところだった?」
「え、別に・・・・ドコも」
「そう、んっと、じゃあココで
 待っててもらった方がいいのかな?」
「・・・・ヒマだしついて行っちゃダメですか?」
「え?まぁ・・・・流君がそう言うならいいけど」
リンさんは立ち上がった僕の手を取り歩き始めた、
その行動に少し驚いたけど、久しぶりの事で嬉しかったので
僕は直ぐに自分が笑顔になったのが解った。
「流君はココらへんに住んでるのかな?」
「はい、もう少し離れた所ですけど」
「そう、今日は散歩してたの?」
「そうです、リンさんはどうしてあんな所で倒れてたんですか?」
「んっ?んー・・・・まぁ色々あってね」
リンさんが少し表情を暗くしたので慌てて話を変えた
「家、近いんですか?」
「うん、もうスグそこだよ」
リンさんが指差した先にはこの辺りの田舎には珍しいマンションがあった
「あのマンション?」
「そう」
リンさんはマンションに入るとロビーみたいな所を一気に横切って
2機ある内の片方のエレベーターに乗り最上階のボタンを押した。
来る時とはうって変わってエレベーターの中は静まっていた。
繋いだ手に力が入っていて少し痛い
僕が横にいるリンさんの顔を盗み見ると
リンさんは、倒れていた時の様に眉間にシワを寄せている。
エレベーターが止まると、リンさんと僕は一番左の部屋に入った。
部屋の中はシンと静まりかえっている。
「お邪魔します」
そう言ってリンさんの後に続くと玄関から見て右側の部屋入って行く
相変わらず無言だったが特には気にならなくなって来た。
バタンと部屋の扉を閉じると、やっとリンさんは口を開いた
「えぇと・・・・財布ドコだっけ・・・」
そうつぶやきながらいくつかあるカバンの中を探し始めた。
僕が部屋を見ていると、玄関でガチャと扉が開く音がした、
その音にリンさんは弾かれた様に顔を上げると、
直ぐにクローゼットを開け僕の手を引っ掴んだ
「わっ・・・・」
驚いて少し声を上げたが、
リンさんと共にクローゼットの中に入った頃には口をふさがれていた。
しゃがんでいるから耳元でリンさんの息が聞こえていた。
一瞬付いてきた事を後悔しかけたけど
僕は、なんとなく解った気がした。
リンさんが倒れてた理由も
エレベーターの中からずっと黙っていた理由も
なぜだか、何時でも隠れる事が出来るようになっているクローゼットの事も
これは、僕の推測でしかないが
多分・・・・
彼は・・・・
僕と同じなのだ・・・・。


「りーんー?リン!出てきなさい!!」
女性の高い声が目の前の彼を呼んでいた、
彼女はしばらくリンさんの名を呼んでいたが、見つける事を諦めたのか
苛ついたように扉を閉めて出て行った。
リンさんはまだ僕の事を抱きしめていたけど
しばらくしてゆっくりと僕の体を離した
「ごめ・・・ん・・・ね・・・・」
うつむいていて、表情はいまいち見えなかったが、
少し安心しているような感じがあった。
「あの、戸を開けてもいいですか?」
「うん、少し息苦しいかもね・・・・?」
そう言ってリンさんはクローゼットの戸を開ける
クローゼットに入る前ギリギリで見つかったのか、
手に持っていた財布から130円を出すと僕に渡した
「ごめんね、驚いたでしょ?」
リンさんは苦笑いをしながら聞いたが
それに僕は首を振った
「たぶん・・・リンさんは僕と同じです」
「え・・・・?」
「僕は母親が怖いです・・・・・」
そこから僕は勝手に話しをはじめた、
リンさんはそんな僕をジッと見つめていた。
3年前、僕が5才の頃。
僕には物心がつく前から父が居なくて母のみだった。
そして僕には双子のそっくりな妹がいた
母は妹も僕も多分対等に育ててくれたと思う。
あの日僕達は母親とスーパーに出かけていて、
妹の水華はなにか外に見つけたのか、
母の後ろから離れてスーパーの外へ出て行ってしまった
僕が少し遅れて水華を追いかけると
水華は走って横断歩道を渡っていた
「みずか!!」
慌てて追いかけて横断歩道を渡っていると
まるで、スローモーションの様に車が僕に向かって走ってきていた。
そして、僕は車にひかれた・・・・
気を失う前に僕が見たのは真横に倒れていた
・・・・・・片われの水華だった。
水華は・・・・
僕を助けようとしたんだろうか・・・・。
目を覚ました時は、まるで地獄の様だった
水華はその事故で死んでしまった。
母は僕を見てこう言った
「なんでお前が死ななかったんだ」
お母さんにとって僕は、要らない存在だった?
重要なのは水華だけだったの・・・・・?
その日から母の虐待が始まった・・・・・。
「・・・・リンさんも同じ?」
話し終えた僕は少し不安になりながら
リンさんに聞いた。
「そうだね・・・・・同じ・・・・僕は10才位からかな?
 僕の所も片親で、ちょっと色々あってね。
 今日も逃げてる途中にあそこで倒れちゃったんだよ。」
「そう・・・ですか・・・・」
僕は少し苦笑いをしながら答えた。
そして、違っていなくて良かったと
今更ながら安堵した。
その後、僕とリンさんは、また次の週会う約束をした。
帰り道、僕は途中まで送ってくれると言う
リンさんと共に歩いていた、しばらくは無言だったけど、
急にリンさんが口を開いた。
「言えば・・・・いいのにね・・・」
「・・・・え?」
僕は急だったその発言に少し遅れて返事を返した。
「誰かにさ、例えば警察とかに、
 言えばいいのになって・・・・・・
 言えればいいのになって思って・・・・・」
「・・・・そうですね・・・・・」
リンさんの言う通りだった、
誰かに言えばいい、言えればいい
でも・・・・怖いのだ
もし、助けてくれなければ・・・・
もし、母にばれたら・・・・
そして誰かに言った後に残るのは
母をすてた自分・・・・・。
僕が返事をした後は、また沈黙がやってきた。
夕焼けの道に昼と同様、セミが鳴いていた。
「あ・・・、家ここなんで・・・・」
僕はそう言って少し古めの木造の一軒家を指差した。
「そう、それじゃあ、また来週
 あの自動販売機の前でね」
リンさんはそう言って去って行った。
僕は、しばらくリンさんの後姿を眺めていたけど、
立ち止まったせいで急に汗がふき出てきたから、
家の中に入る事にした。
「ただいまぁ・・・・・」
誰も居ないから出来る事だった、
母が居ればいちいち自分の存在を主張したりしない。
居間に行き時間を調べると、時計は6時を指していた
母が帰ってくるのは9時だから、
それまでに自分の夕飯の用意をしなければならない
僕は慌てて台所に立った
9時までには寝ていられる状況にしなければ。
母に見つかれば、また殴られてしまう。
包丁がまな板と当たる音が部屋に響いた
トントントンという音と
セミの鳴く声がして
うるさい筈なのに
こんな独りの静寂は馴れている筈なのに
・・・・・・・・・・・僕は、泣きそうになった。
ズルズルとしゃがみ込み、そのまま
うずくまると、自分の手首を見た。
リストバンドがはめられている手から、
ゆっくりとリストバンドを外すと、
相変わらずそこには無数の傷跡があった。
自分の左手のアト。
母が付けたのとは違うアト。
自分で付けた、無数のアト。
僕は包丁を下において、
小銭が入っていた反対のポケットから、
カッターを取り出した。
左の手首につけ、力を入れると、
血が丸い珠になって溢れ出てきた・・・・。
僕はフと台所の少し上にある小窓から
空を見上げた。
さっきとは違う真っ黒な夜空があった。
天気が悪くなったようで
雲が星も月も隠していて
夏でまだ外は明るい筈なのに
空を黒く染めていた。
血が流れているのに構わず
僕は空に両手を伸ばした。
その黒い空に、精一杯手を伸ばした、
星や月なんか要らなかった
醜い心を映されそうだから
どんなに手を伸ばしても届かない
どんなに血を流しても届かない
遠い遠い場所にある黒い空
でも、僕の心にそっくりな黒い空
誰にも見ないで欲しいから
誰にも触れないで欲しいから
だからこのまま消えてしまいたい
あの黒い空に、溶けて無くなってしまいたい
この醜い心と共に
あの片割れが居るであろう黒い空に・・・。
僕は腕をゆっくりと下ろして、
思い立ったようにこめかみに手を当てた。
段々、頭が痛くなって来た・・・・
少し眩暈もする・・・・・
でも、倒れてはいけなかった
倒れるなら自分の部屋に行ってからでないと。
僕はゆっくりと立ちあがると
切っていた食材をゴミ箱に捨てて包丁を元の場所に戻した。
タオルで床を拭いていると小指にカッターが当たったそれを拾い上げると
僕は錆びないように血のついたカッターの刃を拭いた。
カッターの刃を黙々と拭いてると、
ガラガラガラと玄関の扉が開く音がした。
「っ!?」
母が帰ってきた・・・・。
慌てて居間の時計を見ると、もう1時間も経っていた。
それでも早過ぎだった
でもそんな事には構ってられない
帰って来てしまったのだから。
僕は慌ててカッターをポケットにしまうと
血で汚れたタオルも気に止めずに部屋に戻ろうと立ち上がった
でも、目の前が霧がかかったように霞んだ。
耳鳴りがセミの鳴き声と
ゴチャゴチャになってうるさい・・・・・。
スッと音を立てずに、台所とつながっている
居間の障子が開いた。
モウ・・・・ダメダ・・・・・・。
僕ハ今日モ母ニ殴ラレル・・・・。
「っ・・・・・流!」
母の嫌悪感が伝わってくる・・・・。
母は僕の目の前に来ると、早速頬を叩いた、
元々、腕のせいで意識が薄れていた僕は、
それだけで意識を失った。



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